友人の死を知ったのは午前零時過ぎだった。
耳を疑うとはこういう事だと初めて悟った。大阪を出て10年、変わらな
いものより変わってゆく現実のリアルさは痛いほど心に響くものだ。
小料理屋の2階が彼の部屋だった。爆発的にヒットしたTVゲームは僕らを
虜にさせた。僕もまた彼と白熱した時間をTVの中で繰り広げていき、イン
ドア時代の幕開けとも言われる時をリプレイばかりしていた。おそらく外
で遊んだ経験がない。小学生の頃は人の家で遊ぶ、そんな幼少期を消化し
ていた。
彼は身体が大きくその後はバスケットプレイヤーとして名を馳せていき、
幽霊部員の陸上選手の僕とは雲泥の差があった。中学校ではあまり話をし
た記憶はなく真面目な彼と不真面目な僕とでは接点がないのは当然の事で
幼少の頃の出来事は早くも゛メモリー゛となっていった。
僕らの仲間の中心的な存在だったMが大きな献花を出したと聞いた。嬉し
かった。彼もまた友達を大切にする人間で心が広く皆の憧れの存在だった
中学3年の時、僕はKという人間と仲良くなり始めた。思えばKも亡くな
った彼も小学校に入りたてのクラスで一緒に緊張し、毎日を一生懸命こな
していった。
Kは僕に友達の姿を教えてくれ、僕にも何度も涙を流してくれた。友情を
覚えたのもその頃のような気がする。感情多感期、恋愛悲壮。10代とは
そういう時期である。もちろんまだまだ子供振り全開だったが。
必ず人は死んでゆく。それが人生という事だ。
けれども早すぎる死には疑問を持ってしまうのが本音だ。これからだった
のか、これまでだったのか・・・それは死んだ彼にしか解らないアンサー
だとしても悔しいよなぁ。何が悔しいとは現実に出てこないが、悲報を聞
いた第一報には「悔しいよなぁ」だった。
午前2時になった。僕は初めて買った埃まみれのギターを取り出し、静か
に歌っていた。目を閉じ、言葉を並べ唄っていた。
「ノーシン、今日、俺んちでスチュワーデス物語見に来る?お姉ちゃんい
るけど」
「もりちゃん、昼ごはん食べたらいくわ」
土曜の昼下がり、ランドセルをもった少年二人。頭に黄色の帽子、背中に
は黒のランドセル。
「アイスクライマーかったでぇノーシン」
「やりたいな」
「2人同時にできるでぇ」
「もりちゃん やろう やろうや」
時計の針は2時20分
寝るわ・・・。おやすみもりちゃん
いつの日か、またやろう。「アイスクライマー」
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