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〜love letter 2〜

深夜の山手線、ギターイベントの成功を充実感とさせ列車はゆっくりと新
宿駅に向かった。何気なく開けた新聞の訃報欄に記憶が蘇る。本人とは思
わず「あの頃」を空想物語

何もないように家に帰る・・・・そのとき携帯がなる。答えは残酷な現実
思考、いや答えは覆らないと時間が止まる・・・
短期間に友人の度重なる訃報・・・朝が来ない夜はない、しかし夜が明け
ない、明けれない霜月風なき時間だった。

映画監督になった彼は夢を叶えたのだろう。思えば彼は中学の頃から毎日
台本を書いていた。台本書きとサザンオールスターズ。彼の印象はこの二
つが大きかったと思える。
何も理解しない能天気な私は彼の台本を勝手に見て本気でキレられたもの
である。彼は時々キレていた。今、考えれば何事にも真剣だったのだろう
し反対に人に無礼を行っても、それを撮ることもしていた不思議な人間だ
った。天才とはそういう人の事を言うのだろうか。

私が中学校最後の文化祭で喜劇の監督をすることになった。私のやりたい
事を全て脚本にして助監督を務めてくれた。劇はめでたく入賞し本番では
かなりの笑いを誘う事ができたが、やはり彼の才能の全てだと今では思う
高校に入ってある日、街で偶然の再会をし趣味の範囲だが映像にしたと処
女作を見せてもらった。独特のタッチだったが彼のメッセージが随所に入
り込んでいたと頭の片隅に記憶がある。

先日、私のライブに出演して頂いた弓削君も彼の事を知っており、改めて
彼の偉大さを知ることになった。遺作になった彼の作品をまだ見ていない
が、きっと彼の思いを知る事に成るだろうし見るべきだと思っている。

訃報はもう聞きたくない・・・仲間が死ぬなんて御免である。私の青春は
吹田第五中学校の三年間が全てだ。一つ一つ物語があり友人も沢山いる。
中では20年近く逢っていない人もいるが何時の日か再会を望んでいる。
亡くなった彼とは再会が遠のいただけだ。また必ずあえる日が来るはずだ

彼の事を考えつつコンビニで缶コーヒーを買う。
漫画のコーナーに「復刻 スラムダンク」のポスターを見つけた・・・そ
ういえば彼もバスケット部だったはず。今頃2人でドリブルでも楽しくや
っているのだろう。
最後に映画監督 林田賢太に言葉を捧げよう。

おい、林田!
お前は人の眼鏡を踏み潰して俺がキレてもカメラ回してたな。
ずっと怒ってたけど、もう許すよ。
お前はあの頃から映像命だったな。
今ではお前のことを、友達でいてくれた事を誇りに思うよ。
俺もいつか世に出れるようにがんばるよ。
色々と東京で苦労したみたいだなぁ。
ゆっくり休めよ、森ちゃんによろしく。

賢く太く生きた。いまではそう思うよ。
                     ノーシンより


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