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〜love letter 3〜

高校生の時「LONG LOMG TIME AGO」という曲がたまらなく好きだった。

曲の真ん中に≪昔のままの君と僕に 今すぐ戻れるならいいね≫と切ない
メロディーに乗っかる詩があった。今でも頭から離れない言葉で、何らか
の人生の別れの場面で頭の中を巡っていた。
ギターの奏法にハンマリングやプリング・オフという、いわゆる小指で弦
を弾いたり、中指で何度も弦を押さえたり離したりする技があり、この曲
でも間奏で想いを募らせるが如く使われる。
おそらく僕にとってのこの曲は「悲観」そのものであった。

最終新幹線の窓には民家の零れ灯が所々に漏れていた。
感情の持たない電子文字・・・母親の「おばあちゃん 死んだで」の一言
89歳、約半月近くの昏睡状態からの死だった。

21年間同じ屋根の下での生活には様々な「事」があり、文字にはならな
い思いも沢山ある。京都から新大阪までの短い時間、あの曲が流れ始めた

≪昔のままの君とぼくに・・・・≫

母親からは祖母と僕はいい加減者同士と罵倒される毎日だったが、その反
面、似たもの同士で仲が良かったのだろう。思い起される想いは・・・あ
れは僕が5歳くらいの頃だったと思う。母親の留守中、僕と祖母は赤いテ
レビのある畳の部屋。遊んでもらっている時に祖母は眠たそうにうたた寝
を仕掛けたが、それを見た僕が寂しさあまりの号泣。あわてた祖母が近く
の棚からビスケットを出して「あきちゃん、ごめん」の一言。なにげない
シーンだが、東京に来た頃、小さい子供を見てよく思い浮かべてたものだ

もう、あのばあちゃんはもういないのか・・・・元気だったなあの頃。
その想いとは裏腹に現実の今は急激に悲しみとして襲って来た。ギターの
掻き毟る音に繰り返される弦の切れそうなハンマリング。それはとてつも
なくオーケストレーションとなって響く。もう逢えないんだなと思う想い
そうだ「悲観」だ、あのときの悲観なのだ。

最後に献花した時には「おつかれさん」の言葉しか残らなかった。沢山の
人に送られて、大好きなオレンジ・ページの本まで棺に入れて祖母は逝っ
た。

89年の人生も骨壷に入るまでは半日位だ。その人生に悔いはないと言う
が、今思えば元気なときにもっと話をすればと思ったが死んでしまってか
ら言うのは偽善者扱いだろう。

今頃祖父と喧嘩でもしているのだろうか。何時の日か野田家が天国で揃う
日があるだろう、そのときは言おう

「おばあちゃん、色々・・・ありがとうな」って・・・



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