先日、フォーク関係の仕事で何度かご一緒させて頂いた松野こうきさんの
イベントを見に吉祥寺へ行きました。松野さんは弾き語りスタイルで「ク
イーンはまぶしい」や「さかな」を熱唱。相変わらずの情熱を込めた唄い
方に聞き入りました。ところで僕は松野さんの歌で心に残る歌があります
「あやまち」です(一度、YOU TUBEで聞いてみて)
この曲が松野さん特有のエロさにリンクして、松野さんしか歌えない歌な
のです。この日も芸大の尺八奏者をゲイ大の尺八クラブと言ったり、女性
客に「脇毛と乳毛を同時に剃ったことがありますか?」と松野節が炸裂し
ました。けれども言っておくがトークと歌の使い分けが上手く、歌が始ま
ると一挙にその世界まで客を引き込みます。それは松野さんの力であり、
本物のシンガーソングライターである証拠ともいえます。
さて、「あやまち」ですが作詞は泉谷しげるさんや拓郎さんを手がけた門
谷さんですが、内容は松野さんの実話とも言われています。友人の彼女と
関係を持ってしまい、挙句の果てには「私の過ちでした」と言われるのが
歌のテーマだが、そこに到るまでの展開の詩が素晴らしく情景が手に取れ
るほど見えてきます。唄い方とハープのタイミングもいいし、何よりマイ
ナー調で叫ぶ所もいい!まぁ自分的な意見で申し訳ないのだが「非の打ち
所がない」と言った感じなのである。何度も言うがこの歌を歌いこなせる
のは「松野こうき」しかいない、いや「松野こうき」が歌うから聞きたい
のだ。
こう考えると、あの頃70年代フォークは歌い手独自の色がはっきりして
いて、その人しか歌えない歌がたくさんあったと思う。遠藤賢司の狂気乱
舞の「満足できるかな」や「夜汽車のブルース」は聞き手を圧巻させ「カ
レーライス」は鎮魂歌のように語った。フォークの神様、岡林信康は「友
よ」で人間の魂を燃やし「私たちの望むものは」で人間の本当の姿を歌っ
た。その人しか唄えない唄・・・・・
僕は考えた。野田旭しか唄えない唄はなんだろう?
答えはすぐには出なかった。そうだろう、これは僕が決めることではなく
聞き手に言われて、いや認められて初めて成立するものだ。
その為には唄を書こう、言葉を捜そうといつも以上に痛感した。20年後
や30年後にも懐メロじゃなく色褪せることなく残っていたら素晴らしい
ことだ。唄も息をしている、生きている・・・そう聞き手の心の中で、い
くつもの人生という場面で・・・話が内面的になって申し訳ないけど、そ
ろそろまとめます。
色々な意味合いでも「あやまち」は心に残っている。
けど「あやまち」の世界は自分には書けないよなぁ・・・・
友人の彼女ってなぁ・・・ありえへんでぇ・・・
でも松野こうきの歌う「あやまち」が堪らなく好きだ。
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